東京国立近代美術館 「熊谷守一 生きるよろこび」展

今夜は、東京国立近代美術館で開催中の「熊谷守一 生きるよろこび」展をご紹介いたします。

東京国立近代美術館は、北の丸公園内、皇居に面する側にあります。
最寄り駅は、東京メトロ東西線竹橋駅。
周辺に、公共の駐車場があり、車でのアクセスも、比較的に良い方(都内の美術館等では)だと思います。

本館は、建築家 谷口吉郎氏の設計ですが、ブリヂストン創業者 石橋正二郎氏個人の資産で新築し、寄贈されたものだそうです。
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熊谷守一(1880-1977年)は、日本の洋画家です。

岐阜県付知に生まれ、画家を志して東京美術学校に進みます。
同期に、夭折の天才 青木繁(1882-1911年)がいました。

青木繁さんとは、性格が真逆な印象がありますが、画家としての生涯も真逆な印象があります。

子供の頃、存命中の熊谷守一さんの映像を、TVで見た記憶があります。
記憶の中の守一さんは、何かの物語にでも出てきそうな「飄々としたおじいちゃん」でした。

大人になり、美術鑑賞が趣味の一つとなってから、美術館はもちろん、和物陶磁器専門のギャラリーや、古美術店など、行く先々で熊谷守一さんの作品を目にする機会があり、親しみを覚えました。ただ、その作品の殆どは、晩年の独自様式のものだったり、絵ではなく書(墨書)でした。

享年97歳、明治、大正、昭和を生き、数多くの作品を残しました。
本展は、そんな熊谷守一さんの、最初期から最晩年まで、画業70年を回顧する、大規模な展覧会です。

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展覧会は、三部構成です。
作品を一点一点、丁寧に観ていくと、作風の多様さ、技術の確かさに感嘆します。

年代順に並べられますが、不意に異なる作風の作品が現れたりと、展覧会の構成にリズム感があり、観ていて飽きることはありません。

芸術家気質なためか、若い頃から中年になるまで、「絵を売って生計を立てる」ことに消極的で、日々の生活に困窮する時期が長く続きました。

展覧会中盤のハイライトは、そんな時期、次男が肺炎になっても医者に診せられず、死なせてしまった際に描いた絵《陽の死んだ日》です。死に顔を、わずか30分ほどで描いたその絵は、その時期の他の絵とは全く異なった作風で、幼くして亡くなった我が子の存在を、一気呵成に、無心に描き、画家としての技術、本能が表出したような作品です。この作品に対する画家本人の思いも記録されていますが、私には天使の寝顔の様に見え、離れがたい作品でした。

そして、晩年。
独自の様式、画風が確立した時代。
熊谷様式の絵画として後世に残るであろう作品群。
その、極めてシンプルな画面構成が、「対象を徹底的に観察し、洞察した結果、行き着いた形」であることに納得させられます。

仙人の様な風貌の、髭もじゃの爺ちゃんが、「手慰みで描いた絵」。
なんとなく描いていた、そんな印象は、見事に吹っ飛びました。

守一さんの本業は、「洋画」なんだということも、改めて認識しました。
或る意味、極めてアカデミックで、フォークアート/アウトサイダーアート等とは、真逆の位置にあるということを。

だから、「好きで描いているんじゃない」ということも。

(逆に、「書」の方は、「余技」であり「手慰み」。とても自由で、味わい深くて好きですが。きっと、気楽に楽しく書いたのだと思う。)


私にとっては、熊谷守一さんの【生涯】を、【非常に濃密な生きざま】を辿る展覧会の様で、とてもとても見応えのある内容でした。

いつもは、常設展の方も観ますが、この日はそんな気分になれず、モリカズワールドに満たされて会場を後にしました。
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会期:2017年12月1日(金) - 2018年3月21日(水・祝)

会場:東京国立近代美術館 1階 企画展ギャラリー
(東京都千代田区北の丸公園3-1)
東京メトロ東西線 竹橋駅 1b出口徒歩3分

休館日:月曜日、2月13日(火)

開館時間:10:00−17:00
(金、土曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)


東京国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/


展覧会特設サイト
http://kumagai2017.exhn.jp/








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