2017夏 長野/山梨旅行(1)

今年の夏の家族旅行は、「車で行って/帰ってこられる避暑地」をテーマに、宿と、立ち寄り地を決めました。

立ち寄り地については、当初予定と大幅に変更となった所もありましたが、、それが出来たのも、車移動がメインのフリープランならではだったと思います。

初日、9月4日(月)。
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いきなり、今回の旅のメインイベントとも言える、「夭折画家の館 信濃デッサン館」及び、隣接する「戦没画学生慰霊美術館 無言館」を訪問。長年、行きたいと思っていた美術館です。
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現在、ホームページ等は公開されていない様ですので、リーフレットにある館主:窪島誠一郎さんの案内文を転載します。

=== ここから ===

「信濃デッサン館」「無言館」へようこそ

1979年に開館した「信濃デッサン館」は、大正時代の天才といわれた村山槐多や関根正二をはじめ、主に大正期から昭和にかけて活躍し、結核や貧困のなかで早く世を去った画家たちの作品を中心に展示している美術館です。また、その分館として1997年に開設した戦没画学生慰霊美術館「無言館」(および第二展示館「傷ついた画布のドーム」)は、先の日中戦争や太平洋戦争に出征し、戦死した画学生の遺作や遺品を展示している美術館です。
二つの美術館を、戦争、平和、何より今を生きる来館者一人一人の人生を考える場所にしてもらえれば、と希(ねが)うものです。
館主 窪島誠一郎

=== ここまで ===
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まずは、「信濃デッサン館」から。
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収蔵作家の内、何人かをご紹介。

◆村山槐多(むらやまかいた、1896年9月15日-1919年2月20日、享年22歳)

本館のコレクションの中核をなす画家。絵画作品、デッサンの他、自筆の書簡などの遺品、デスマスクも収蔵。

特に、《尿する裸僧》1915年(大正4年)、槐多18歳の作品は、槐多の代表作であり、これだけでも見る価値、訪問する価値あり。

◆関根正二(1899年4月3日-1919年6月16日、享年20歳)

村山槐多と同時期に現れた、もう一人の天才。
有名な自画像のデッサンを含む、数点の展示。

◆靉光(あいみつ、1907年6月24日-1946年1月19日、享年38歳)

デッサン数点の展示。
代表作は、東京国立近代美術館収蔵の《眼のある風景》(1938年)など。

◆野田 英夫(1908年7月15日-1939年1月12日、享年30歳)

アメリカ生まれの日系人。
絶筆となった《野尻の花》を含め、多数展示。

◆松本 竣介(1912年4月19日-1948年6月8日、享年36歳)

デッサン数点の展示。
代表作は、神奈川県立近代美術館収蔵の《立てる像》(1942年)など。

◆立原道造(1914年7月30日-1939年3月29日、享年24歳)

館内に「立原道造記念展示室」と題した個室があり、詩や絵を展示。
立原道造の名は、堀辰雄が小説のモデルにしたことを学生の頃に知り、記憶の片隅に残っていた様に思う。初めて見た自筆の原稿は、寺山修司的な癖字であった。
絵が、思いの外良かった。《弟》と題した作品は、見覚えが有るが記憶違いかもしれない。
病床で「五月のそよ風をゼリーにして持ってきて下さい」と友人にメッセージを送ったのち、病死。

「信濃デッサン館」の別館の、「槐多庵」。この日は、企画展を実施。
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そして、「無言館」へ。
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美術の教育を受けていた学生や、美術で生計を立てようとしていた若者たち。

名のある人は一握りで、殆どが無名の、これからの学生、若者たち。

戦死した彼等が残した、作品や遺品の数々が展示されています。
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戦没画学生慰霊美術館「無言館」。
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第二展示館「傷ついた画布のドーム」。
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会場内は、作品と並ぶ形で、作者の紹介文(人となり、戦死の経緯など)、遺品の数々(戦地から送った絵手紙、出征時の写真、家族写真、愛用品、賞状の類い等々)、そして残された遺族の言葉などが、整然と、淡々と展示されています。

戦死した学生、若者たちを、英雄視するでもなく、変に脚色するでもなく、
たまたまその時代に生まれ、否応なしに出征し、生きて帰ることが叶わなかった者たちとして、
その素の姿を紹介。

戦後70年以上経ち、戦争の記憶の継承が、益々困難になってきています。

ここには、その戦争の記憶が、市井の人々の体験が、ありのまま残されて、展示されています。


「デッサン館」「無言館」の間の移動は、徒歩でも可能ですが、共に至近距離に駐車場(無料)がありますので、車での移動も可能です。

ぜひ、訪れて頂きたい美術館です。

◆信濃デッサン館
住所:長野県上田市東前山300
電話:0268-38-6599
会館時間:9時~17時
休業日:毎週火曜日休館(祝祭日の場合は開館、翌日休館)

◆無言館
住所:長野県上田市古安曽字山王山3462
電話:0268-37-1650
会館時間:9時~17時
休業日:毎週火曜日休館(祝祭日の場合は開館、翌日休館)

<参考Webサイト>
http://www.mtlabs.co.jp/shinshu/museum/mugon.htm

<上田市Webサイト>
信濃デッサン館
http://www.city.ueda.nagano.jp/kankojoho/shisetsu/museum/009.html
無言館
http://www.city.ueda.nagano.jp/kankojoho/shisetsu/museum/007.html


宿に入るには時間があったので、上田城址公園へ。
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本丸に通じる門。
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東虎口。
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その横には、直径3mの巨石、真田石。
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真田神社を参拝。
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抜け道があるという井戸。
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西櫓。現存するものでは最も古く、寛永期の部材が残る櫓。
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巨大兜。大河ドラマの影響?
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有料ですが、入場可能な北櫓、南櫓。
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移築され、遊郭として使われていた時期もあるとか。。
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武者窓。
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覗くと、、
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あ、殿だ!
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市立博物館を拝観。
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そんなこんなで、宿に到着。

信州山田温泉 藤井荘。
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江戸時代末期創業の老舗旅館。
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医者でもあった森鴎外が、絶賛したとか。
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現在の建物は、1985年(昭和60年)に全面改装。
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松川渓谷に面した、自慢の大開口ラウンジで、ウエルカムドリンク。
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時期の干菓子。
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禾乃登(こくものすなわちみのる)。秋になり、様々な穀物が実る時期のこと。

「禾」は、粟の穂がたわわに実った様子をかたどったもので、古代では穀物といえば、米や麦ではなく、主に粟のことだそう。
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部屋は、二人部屋の洋室。
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月見縁台。
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備え付けの冷蔵庫。庫内の飲み物は、どれでもフリー(オールインクルーシブ)。
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控えの間は、
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リスニングルームになっていました。籠もれます。
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折角なので、、地ビールを。
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夕食前に、
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温泉でゆったりリラックス。
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鈴虫がBGM。
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今宵はここまで。


つづく。








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