2016年 長月 広島旅行(1)

まずは、お知らせ。

明日は、ジェラード/ジョン グラッコーの展示会等へ参加のため、終日外出の予定です。
恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。


2016年9月12日(月)~14日(水)、店休日と中山デーを活用し、広島へ旅行して来ました。

今回は、母、弟を含めた家族旅行です。

往復は新幹線で。
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品川(7:47発)→広島(11:42着)の、のぞみ101号。
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初めての広島旅行。

今まで、宿の予約も交通手段の確保も、全て自分で行うことが多かったのですが、今回は、目的地と宿の希望を決めた後、宿の予約やそれ以外の諸々を旅行社(JTB)に手配してもらいました。

その方が楽ですし、色々と特典も付きますので。

10:50頃、「あっ、白鷺城だ!」。
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国宝で、日本初の世界文化遺産、姫路城。遠目にも美しさが際立つお城ですね。
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予定通りに広島着。外は台風の影響で、どしゃ降り。

まずは、駅構内の荷物預かり処へ行き、当日宿泊の宿まで、トランク等の大きな荷物の配送を依頼。早速の特典行使。無料のサービスです。

お次は、広島と言えばの、お好み焼きでランチ。

どうせならと色々調べたのですが、連れの同僚(広島出身)のイチオシ!!ということで、、
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駅に隣接する商業施設「アッセ」の二階、お好み焼き屋さんが軒を連ねる中の、
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一番人気、長蛇の行列の「麗ちゃん」、ではなく、
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その隣の「よっちゃん」。あまり待たなくて良さそうです。。
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お品書き。
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鉄板の前に2名、配膳係が1名のトリオ編成。
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優勝おめでとうセール中で、イカ天スナックプレゼント付き。
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お好み焼きは、店の方が焼いてくれますが、一枚を2人掛かりで焼いていました。

おばさんの方が、片面を。
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まずは、生地を薄く引いて、その上に千切りキャベツと具を乗せて、
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慣れた手つきの職人芸。
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おじさんの方が、もう片面を焼き、
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生卵を崩しながら薄く丸く焼いたら、
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おばちゃん面とドッキングさせて仕上げ。
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完成です! 基本の「そば肉玉」。
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「イカ入りそば肉玉」に、「たっぷりネギかけ」トッピング。
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こちらは、「スペシャルそば肉玉」。
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もちろん、「生」で。
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いい眺めです。
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とても美味しく戴きました。ありがとうございました。

雨も小降りになってきたところで、、
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路面電車の旅。
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「原爆ドーム」へ向かいます。
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広島電鉄(広電)「原爆ドーム前停留場」の前に出来たばかりの、
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「おりづるタワー」へ。
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最上階が展望フロアになっています。
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眼下に「原爆ドーム」。水上バスも見えますね。
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水と緑が豊かな、平和な光景。
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反対側は、
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「広島城」。天守閣は、原爆で破壊された後、1958年(昭和33年)に再建。
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40年数年振りに織った、おりづる。
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この平和が、いつまでも続きますように。
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そんな祈りを込めて、「おりづるの壁」に投入。
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なんの事やら分からないと思いますので、こちらを参考に。


おりづるタワー
http://www.orizurutower.jp/


そしていよいよ、平和記念公園の中へ。
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<碑文:左>
世界遺産 原爆ドーム
人類史上最初の原子爆弾による被爆の惨禍を伝える歴史の証人として、また、核兵器廃絶と恒久平和を求める誓いのシンボルとして「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)に基づき世界遺産一覧表に記載された
平成8年(1996年)12月7日 広島市

<碑文:右>
昭和20年8月6日 史上はじめての原子爆弾によって破壊された旧広島県産業奨励館の残骸である
爆弾はこの建物のほぼ直上約600メートルの空中で爆発した
その1個の爆弾によって20万をこえる人々の生命が失われ半径約2キロメートルに及ぶ市街地が廃墟と化した この悲痛な事実を後世に伝え人類の戒めとするため 国の内外の平和を願う多数の人々の寄金によって補強工事を施し これを永久に保存する
昭和42年8月6日 広島市

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広島に原爆が投下されたその時、母は、島根(祖父の実家)に疎開していました。
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「広島にピカドンが落ちた」という話が、すぐに伝わってきたそうです。
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色々な想いや感じ方があるのだと思いますが、私には、原爆の犠牲になった20万人とも言われる方々の、墓標の様に感じられます。合掌。
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「原爆の子の像 」。
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原爆で亡くなった多くの子どもたちの霊を慰め、世界に平和を呼びかける目的で建立。
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ここにも鶴が。
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「平和の灯」。丹下健三設計。水を求めてやまなかった犠牲者を慰め、核兵器廃絶と世界恒久平和を希求する。
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台座は、手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現。
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左に「原爆死没者慰霊碑」、前方に「広島平和記念資料館」。
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丹下健三設計。世界最初の原子爆弾によって壊滅した広島市を、平和都市として再建することを念願して設立。
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碑文は、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。
主語がどうのという議論があったようですが、この場に立って思いを馳せれば、、誰にでも分かる事だと思う。

原爆に限らず、無差別大量殺りく兵器を二度と使用しないこと。
大きな武力紛争(戦争)を起こさない、参加しないこと。

「誰が」ではなく「誰でも」「皆が」。


この後、「広島平和記念資料館」に行き、じっくりと展示物を見ました。
資料館は、現在改修中ですが、主たる展示物は閲覧可能な様です。

入場者も多く混雑ぎみでした。外国人の方もとても多かったです。アジア以外を含め、全世界から来場者がある印象です。

長く日本に住んでいると、何かしらのメディアを通じて、展示内容を見聞きしているケースが多いと思います。
外国人の方は、そういったケースが少ない分、ショックが大きいのかもしれません。

今回最も印象に残ったのは、放射線障害に苦しんだ姉弟の記録でした。
結果的に、初期症状が軽く見えた弟が亡くなり、重症に思えた姉が生き残ります。その凄まじい過程は、とても私では耐えられないと思えるものでした。

東海村のJCO 臨界事故を持ち出すまでもなく、原爆以外でも重度の放射線障害(事故)の可能性はあります。

福島の原発事故でも、一歩間違えば、発生していたでしょう。

放射線障害(特に、内部被ばく)の恐ろしさは、知っておくべきだと思います。


「核兵器の開発と核実験」というパネルでは、以下の記載がありました。

核弾頭保有数(推定数)
旧ソ連/ロシア:7500
アメリカ:7260
フランス:300
中国:260
イギリス:215
パキスタン:100~120
インド:90~110
イスラエル:80
北朝鮮:6~8

この中には、広島型原爆の3300倍の威力を持つ水素爆弾も含まれるそうです。

保有国リストの中に、原発に積極的な「あの国」とか、ウランの産地の「あの国」とか、隣国が核兵器開発中の「あの国」とかは入っていませんね。

もちろん、我が国も。

原子力発電所には、原爆の材料製造所の側面があります。
日本が、原発の継続に拘る理由の一つとして、これもあると思います。

例え、彼の国の大統領が、「日本も核兵器保有を」と言っても、絶対に保有すべきでは無いと思いますが。



広島平和記念資料館
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/



今宵はここまで。
(つづく)








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