引越雑感(1)

引越後の片付けも、やっとゴールが見えてきたところ。。

そんな中、捨てずに、捨てられずに残った一葉からの雑感。


◆SETAGAYA 197X


目黒に住む以前、幼稚園に上がる前から中学1年の一学期まで、世田谷の粕谷(かすや)という所に住んでいました。

これは、その当時の航空写真。
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右側、縦(南北)に伸びるのが、『環八通り』。

右下の大きな交差点は、『千歳台』の交差点。
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環八通りを見ると、車がありません。
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『京王線八幡山駅』の手前、『八幡山アパート』に挟まれた部分など、まだ未開通(環八建設中)の様です。
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中央下に、『東京ガス』のガスタンク。
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住んでいたのは、矢印の先の家。二軒続きの借家で、この左半分が住まいでした。
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さほど広くない3DKに、多いときは、祖父、父の弟妹(叔父、叔母)を加えて8人くらいで住んでいました。

住所は、世田谷区粕谷1-3-14。

引っ越した当初は、廻沢(めぐりさわ)という町名でしたが、1971年に粕谷となりました。

この写真は、恐らく、ちょうどその頃。

上方に、『芦花小学校』。校庭で人文字を作っていますが、この中に私もいたのだと思います。
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大きな学校に見えますが、実際は、右半分が『芦花小学校』で、左半分が『芦花中学校』です。共に、世田谷区立の学校です。

自宅と学校の中間に有るのが、『芦花公園(蘆花恒春園)』。
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明治~大正期の文豪、徳冨蘆花の旧宅を中心とした公園で、実際には、芦花小中学校の敷地よりもずっと大きな公園です。

写真で見ても分かるように、この頃は近所に畑も多く残り、酪農を営んでいる所に牛乳を買いに行ったりもしました。

夏には芦花公園で、クワガタやカナブンが沢山採れましたし、カミキリムシとかタマムシとかも。雨が降った翌日は、水溜まりでゲンゴロウを見つけることも出来ました。(この頃は、野良犬も多くいましたね。)

通学路には、未舗装の部分が多く残り、靴がすぐに真っ黒になった覚えが有ります。

幼少期、東京都区部としては、比較的に自然に恵まれた場所で、一年中外で遊び回っていた様な生活を送れたことは、とても良かったと思います。


45年ほど経った今、もちろん、芦花公園は健在です。面積も当時より拡大していて、実は私達の住まいだったところは、現在、公園の一部となり、跡形も無くなっています。粕谷1-3-14という住所は、もうこの世に存在しません。


今や、90万人を超える人口を抱えた世田谷区。

当時から変わったところ、変わらないところ、変わったけれど面影を残しているところ、、夏が過ぎた頃、散策にでも行きましょうか。







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