店主のモノローグ 忘れ得ぬ仕事

自宅転居の準備をしていたら、こんなものも出てきた。
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前職は、電機メーカーのサラリーマンでした。

1985年(昭和60年)入社で、記録上は2010年4月30日まで(25年と一か月)在籍したことになっています。もっとも、最後の二年間は、BRYWB開業の準備期間と、開業後一年目と重複しているので、実働は丸23年と思っています。

入社時から退職するまで、一貫して開発部門に席を置きました。

前出の画像は、入社して初めての仕事。伝送装置用のLSI(大規模半導体集積回路)開発。この中身(電子回路)の設計を担当しました。

伝送装置というのは、NTTなどの通信事業者の局舎に配置されるもので、複数の信号を束ねて(多重化)、遠隔地へ届ける役割を果たします。当時は主に、最寄りの電話局に集まる「各家庭からの電話(音声)信号」を束ね、電線で繋がった遠隔地の電話局まで届ける役割です。

このLSIは、低速側ということもあり、ビットレートは2Mb/sでした。

当時、光ファイバーを用いた超高速伝送といわれたレベルでも、400Mb/sが上限でした。基幹系の、有線伝送での話です。

伝送路は、高速道路に例えられることがあります。

当時は、とにかく「車線を増やすこと」「巡航速度を上げること」が命題で、通信網の構成が大きく変わる(国内標準→国際標準)変革期でもありました。

『What:何を作るか(目標)』がハッキリしていて、『How:どう作るか』に注力できた、比較的に日本人技術者向きの時代でした。

技術開発で世界を(生活を)変える、正にイノベーションの只中にいました。

がむしゃらに働きました。

時は過ぎ、ITバブルが弾けた後、2003年。
後に、3G(W-CDMA)の携帯端末に搭載されるLSIの開発に携わりました。
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入社した頃、知識も経験も不足した中で思い描いた「夢」を、「現実」が追い越しました。
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このブログをご覧になっている方は、なんらかの形で、毎日、通信網を使っていると思います。

「地図に載る仕事」ではないけれど、目には見え辛いけれど、日本中/世界中に張り巡らされた通信網。そしてそれを活用する装置/端末。

多くの人々に日々使っていただける、時には安全安心の確保にも役立っている、そんな通信機器の発展に関われたこと、生涯忘れ得ぬ仕事だったと思っています。







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